三休庵便りへ
三休庵便り へ移動しています。
蓬田村(192)HP
田舎館村(193)HP
西目屋村(194)HP
津軽半島と弘前の近くにある村です。
美空ひばりが、お岩木山のてっぺんに綿みたいな雲がかかるのを見て「りんご追分」を歌ったのかと思いを巡らし、のんびりと回りました。最後の最後で、日本一、二の役場庁舎(もう一つは、沖縄読谷村の庁舎)に出っくわしました。写真中央の田舎館村です。
田んぼアートが全国に知られていますが、庁舎の天守閣からながめるそうです。何故、こんなお城みたいな庁舎を建てたのか聞くと、長年、古い建物と廃校となった学校で我慢して、お金をため一挙に奮発したということでしたが、真偽は分りません。
そして最後は、西目屋村。世界遺産白神山地の入り口の村で、定額給付金を最初に支給したことで、有名になりました。村長さんと記念撮影とお願いしましたが、不在でした。
離島の村を諦めたことと、全部をバイクで回らなかったことが残念でしたが、四年と二ヶ月で、一区切りをつけることができました。
いずれ「日本の村から」を整理をしていくため、三休庵便りにブログを移しています。アクセスをお願いします。
六ヶ所村(188)HP
東通村(189)HP
風間浦村(190)HP
佐井村(191)HP
八戸からレンタカーで下北半島へ向かうと、三沢を過ぎたあたりから、国道の両側は荒涼とした景色となる。田畑も牧場もない荒地が続く。
六ヶ所村には原子燃料サイクル施設、東通村には原発、大間町にも原発が計画中。そして、少し古くは、原子力船むつの母港は、むつ市の大湊港でした。まさに、下北半島は、原子力半島と言っても間違いありません。
東通村の村施設は、役場から体育館・競技場などのスポーツ施設、村営診療所、保健福祉施設、村営住宅など、あらたに開発した広大な敷地に、ピカピカと輝いていました。また、大間町の隣の佐井村役場には、原発建設作業員の求人票が掲示板にいっぱい貼りだしてあります。
米軍基地と原子力施設それに道路建設、これしか日本の村の生きる道はないのでしょうか?さびしいですね。村の貧困=政治の貧困、五年間、日本の村を回っての感想です。
竜飛岬の灯台下には、二番を中心にした「津軽海峡冬景色」の碑があります。
寒くて、ブレています。
本州の北のはずれは、下北半島の大間崎ですから、”あれをごらん 竜飛岬 北のはずれと”と歌ったのは、連絡船の進行方向左側に座っていたからと理解しました。
竜飛岬は、寒く、強風に体を飛ばされそうでした。”風の音が胸をゆする”という節、連絡船の船室ではエンジン音がうるさく、風の音は聞こえませんから、デッキに出たと理解しましたが、冬の津軽海峡を航行する連絡船のデッキは、想像しがたい寒さだったと思います。
津軽海峡冬景色
ゲタさんの推理手帖・鬼無里警部シリーズ・歌謡サスペンスの次話は、「津軽海峡冬景色」をテーマにしようと出かけましたが、津軽の温泉と海の幸とお酒のおかげで、構想ゼロでした。
新ブログ三休庵便り
日本の村・194村の訪問は、青森県7村を残すだけとなっています。ライダーも引退することにしました。年内には、路線バスか車で、出かけたいと思っています。
今年から、歩いて・泳いで/走って・東海道をスタートさせた他、新たなことをはじめてみようと思っています。そこで、新たなブログ名の三休庵を立ち上げました。
とはいっても、中味は変わりませんので、引き続きクリックだけでもお願いします。
ゲタさんの推理手帖・鬼無里警部シリーズ・第一話「赤煉瓦」を「溶岩流」と改題して、第5回を掲載しました。ゲタさんの推理手帖
登場人物の名前の付け方がいい加減(良い加減)と注意されていますが、題名の付け方もいい加減です。近いうちというか、クライマックスに、北海道洞爺湖の有珠山噴火による溶岩流が登場します。
洞爺湖温泉大和旅館の大将と若女将へ
もし、これを見ていたら、お二人が登場しますので、楽しみにして下さい。
「歩いて・泳いで・東海道」でしたが、「泳いで」に「走って」を加算することにしました。これで、「歩いて」と良い勝負になりそうです。
記録メモ:「kiroku.xls」をダウンロード