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肖像画・本文

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肖像画



 その画を見たのは、十年前以上前、阪神大震災の前年の秋であった。
 藤村隆は、神戸にある子会社との開発会議に出席、その後、子会社幹部との懇親会の席が神戸牛を食べさせる店に用意され、本社からは同行の課長と二人、子会社からは社長、常務他若手社員五、六名が出席して賑やかな宴席が持たれた。社長、常務はともかく部下の社員は、こういう時でないと中々神戸牛なども口に入らない。藤村は、出張の目的を幹部との懇親を図る事に加え、開発現場の若手の激励にあると考えている。
 一次会が終わると、常務の中舘の誘いで、藤村はもう一軒寄ることになった。藤村と中舘は同期入社、中舘は子会社に出向し常務をしている。中舘はいい店があると、東門街から少し狭い路地を入って階段を上ったところにあるBar「芙蓉」に、藤村を案内した。
 店は、テーブル席が三つにカウンタ席が七つ程、クラブという程高級感はないが、スナックという様な場末の雰囲気でもない、ちょうど居心地の良い場所を提供している。真野あずさ似のママが二人を一番奥のテーブル席に案内すると、すぐにおしぼりを持った若い女性が前の席に着いた。
「中舘さん、いらっしゃい。久しぶりですね。キープの水割りでいい?」
「おい、それでいいか」
 と中舘が藤村に聞く。藤村が頷くと水割りを作り始めた。
「あら、どこで浮気をしていたの、毎晩待っていたのに」
 とママも前に座り、話に入ってきた。
「こちらの紳士の方は?中舘さん、紹介して下さる」
本社の開発本部長の藤村さんだ。僕と同期だが一番の出世頭だ」
「ここのママをしています、夏子といいます。ご贔屓に」
「こちらこそ、いつも中舘がお世話をかけているのでは」
 と藤村は応対しながら、カウンタの後ろの壁に架かっている一枚の画が何故か気になり始めていた。中舘は、夏子と若いホステスを相手にたわいもない話題に興じている。時々、夏子が藤村に話しかけてくる。それに相槌を打ちながら、ますます、藤村は少女の肖像画に惹かれていった。
 一組の客を送って席に戻ってきた夏子に画について聞いてみると、夏子のご主人が小学六年生になるお嬢さんを描いた画ということであった。なんでも、ご主人は画家で、お店に画を架けて置くと、時々売れることがあると教えてくれた。
「あの画、気に入りましたか」
 と夏子が聞くので、
「ええ、優しい表情をしています」
 と藤村が答えると、
「あの画だけは売っちゃだめって言われてるの。娘のことが可愛くてしょうがないのね」
 と言って、別の話題に移っていった。



 藤村は、病院のロビーに架けられた少女の画を見ながら、受付で聞いた都幾川警部の病室がある八階で、エレベータを降りた。廊下には二人の警察官が警備をしていた。受付から連絡が入っているのだろう、
「藤村さんですか」
 と警官は確認すると、直ぐに藤村を都幾川の病室に案内した。
「警部、撃たれ重傷」
という見出しが新聞の社会面のトップ記事になり、テレビのワイドショーで連日取り上げられていたのは、つい二週間ほど前のことである。
 三週間位前、暴力団の構成員が内縁の妻を殺害して逃走した。数日後、犯人が知人宅に隠れていることを突き止めると,神奈川県警捜査一課は、都幾川警部の指揮下、捜査四課の応援を貰い、制服警官を含め十数名で逮捕に向かった。合図と共に部屋に突入すると同時に、一発の銃声が響き渡った。
日、午後四時十一分、殺人容疑で逮捕する」
と都幾川が逮捕状を読み上げた。犯人はベランダ沿いに隣の部屋に入ると、一瞬の内に一人で留守番をしていた女の子に銃口を突きつけた。女の子は泣き叫んでいる。
 都幾川は、女の子の命第一と一旦警官達をマンションの外に引かせることにした。
「拡声器を持ってきてくれ」
 と制服の警官に言いつけた時だった。三十前後の女が何か叫びながらマンションの入り口に向かって走り出した。咄嗟に都幾川は女の上に覆い被さった。都幾川の左肩に激痛が走り、血が噴出し、意識が薄れていった。犯人は、裏に隠れていた警察官に取り押えられ、女の子は無事保護され、女の子の母親も都幾川に押し倒された時の軽いカスリ傷だけで済んだ。
 ワイドショーでは、都幾川警部を、西村京太郎の推理小説の十津川警部を地でいくような刑事で、過去にも数々の難事件を解決してきている名警部と紹介した。最近では、数十年前の学校でのいじめに端を発した「円山寺殺人事件」や、四十年前の時効が未成立の事件「運河殺人事件」を解決してきたと伝えていた。
 不祥事続きの神奈川県警も、市民を自らを犠牲にして守った美談を利用、不祥事の時は逃げ回っている幹部が、まるで自分の手柄の様にインタビューに応じていた。
 都幾川の怪我は、左肩の骨を銃弾がくだいたが、心臓、肺、神経、血管などは損傷を免れ、直ぐに、骨の修復手術という外科的療法が施術されて快方に向かっていた。



 藤村が病室の扉を軽くノックして中に入っていくと、
「やあ、よく来てくれたな」
 と言う都幾川の大きな声が聞こえた。
「おい、大丈夫か」
「この通り、アメフトの選手だが。ちょっと、待っていてくれるか」
 と言って、ベットの傍に立っていた男と何か小声で話した後、
「じゃ、頼むな。そうだ、紹介しておこう。彼は、いつも私といっしょに仕事をしている県警の鶴居刑事だ」
「鶴居と言います。よろしく、お願いいたします」
 と丁寧に挨拶し、
「警部、失礼します」
 と一礼して部屋を出て行った。
 病室に二人だけになると、空気が一瞬にして緩んだ。藤村と都幾川は大学の同期で、同じ研究室に所属、卒業研究も共同してやった仲である。卒業後、藤村はコンピュータメーカの技術者として普通のサラリーマン生活を送っている。が一方、都幾川はキャリアとして警察庁に入庁したものの、現場でしか味わえない充実感、使命感そして喜びを捨てられず、度々の昇進を断り、長い間、警部のまま現場の第一線で仕事をしている。
「ニュースを見たときは、びっくりした」
「そうか」
「でも、重傷という言い方だったし、お前のことだから死ぬ程のことはないと思ったよ」
「まあな。でも、一センチ銃弾がずれていたら即死だと言われたよ」
「じゃ、犯人の射撃の腕に感謝しないといけないな。北京オリンピックの射撃代表に推薦したら」
「そうだな。相変わらず口が悪いな」
 と都幾川は、藤村を見ながら苦笑した。
「いつ頃、退院できるんだ」
 藤村が聞くと、
「自分では、もう退院しても大丈夫だと思っているし、先程も鶴居刑事が来ていたように仕事がたまっているので、早く退院したいんだが」
「だが、と言うと」
「警察の上の方から、ストップがかかっているらしい」
「どうして。そうか、警察のトップはお前を最大限利用しようとしているんだ。余り早く傷が治って出てくるより、大変な傷を負った方が美談としての効果は大きいからな」
「宮使えだから、仕方ないな」
と都幾川がぼやいた。
「まあ、もう少し我慢して。退院したら快気祝いをやろう」
 となぐさめて帰り際に、
「一階のロビーに飾ってある少女の肖像画だけど」
 と藤村は十幾川に問いかけた。



 都幾川は、見舞いに来てくれた藤村をロビーまで送った。既に外来の診療時間が過ぎているせいか、ロビーはガランとしている。壁には少女を描いた画がかけられ、藤村が言うように、画の少女は優しい笑顔をしている。
「今日はわざわざ」
 都幾川が言うと、
「いやいや、もう歳なんだから余り無理をするなよ」
「まあな。あの画だけど、お前が気になるようだから誰の画か調べておくよ」

 と言って藤村を送り出した。
 都幾川は、病室へ戻る途中、九階にある事務長の部屋に寄って画について聞いて見ることにした。事務長は既に帰り支度をしていたが愛想よく迎えてくれた。
「警部、病院の中をウロウロしないで下さい。犯人の所属する暴力団の報復があるかも知れないと警護を厳重にする様に言われていますから」
 都幾川と同年代の事務長は、冗談めかしに言うと応接のソファーを勧めた。
「どうも、いろいろお世話になっています」
「で、今日は何か。いくら神奈川県警の不祥事が多くても、私は警部に尋問を受けるような悪いことはしていませんよ」
「もちろんです。実はロビーに架かっている画についてなんですが」
「はい、あの画が何か」
「今日見舞いに来てくれた友人が、以前にも観たことがある様で気になるって言うもんですから」
「そうですか」
 と言って事務長は教えてくれた。
「画はレンタルで、レンタル業者が三ヶ月に一度交換に来ます」
 事務長は続けた。
「最近、ホテルや病院に、絵画をレンタルして毎月のレンタル料の収入があるからと、絵画を売りつけ、実際はレンタルもしないで資金を集めて逃げてしまう詐欺まがいの商売が摘発されています。が、病院に出入りしている業者はまともな業者です」
 都幾川は頷きながら聞いている。
「今の画は、二ヶ月程前に交換されたもので、そうもう直ぐ交換ですね」
「誰が描いた画かわかりますか」
「私は余り、そのー、芸術の分野は弱いのですが。業者の説明によると、今売り出し中の洋画壇の画家で、確か、佐伯功児と言う人が、自分の娘を描いた画だと言っていました」
「そうですか。ありがとうございます」
「それ以上はわかりませんので、警部がまだ入院中でしたら、業者が来た時に声をかけましょうか」
「いや、私はもうすぐ退院だと思いますので」
 都幾川は礼を言って、事務長の部屋を出ると、一階だけだからエレベータを使うのも面倒と、九階から病室のある八階に階段を使って降りて行った。
 階段の方からの大きな音を聞いて、警備の警官と看護士が駆けつけた。
「都幾川警部、大丈夫ですか
 都幾川は足首を骨折し、退院はさらに先のことになってしまった。



 佐伯功児の名前を目にしたのは退院して間もなくのことである。都幾川は出署したものの、まだリハビリ中ということで、一日中机の前に座って書類を眺めているだけの退屈な時間を過ごしていた。
 長野県警軽井沢署からの照会依頼は、軽井沢の別荘で死亡した画家の佐伯功児の身辺調査に関するもので、捜査の進展によっては捜査協力を依頼する旨の内容である。死んだ佐伯功児の自宅が横浜の山手にあり、佐伯は横浜と軽井沢の半々の生活をしていた様で、神奈川県警に協力を依頼してきたのである。
 依頼書には事件の経緯が書かれていた。
 一月三十日の午後一時頃、一一〇番通報を受け、軽井沢署中軽井沢駐在所の警察官が駆けつけ、別荘のアトリエで、一人の男が頭から血を流しており、側には拳銃が転がっているのを発見した。少し遅れて到着した救急隊員が、心肺停止と瞳孔の対光反応がないことを確認した。警察官が立ち入り禁止のテープを張ろうとしているところへ、軽井沢警察署捜査課の北山警部等が到着した。
 死んだのは、この別荘の持ち主で、画家の佐伯功児(四十七才)である。死因は、こめかみを撃ち抜いた銃弾によるものと明らかであったが、自殺か他殺か、または事故なのかは、司法解剖の結果を待つ必要があり、拳銃が誰のものであるかも特定できていないということである。
 一一〇番通報したのは、佐伯功児の妻美咲(二十五才)で、当日の夕方から別荘で開く予定のパーティに招待された画家仲間の麻野壮一(三十五才)と画商の米倉覚(五十一才)がいっしょであった。妻の美咲は、十一時頃に別荘を出て、パーティで使う食材を買い求めに町の大型スーパーに行き、十二時半頃に軽井沢駅で麻野と米倉を乗せて、一時前に別荘に戻った。玄関の鍵がかかっていないことを変に思いながら中に入って、頭から血を流している佐伯を発見した。美咲が別荘を出るときの佐伯は上機嫌で今夕のパーティを楽しみにしている様であったという。
 画家仲間の麻野は、本拠にしている小布施から長野新幹線で来て、軽井沢駅で米倉と落ち合って、迎えに来てもらった美咲の車で別荘に向かった。画商をしている米倉は、朝早く横浜を出て、高崎で絵画レンタルの打合せをクライアントと行い、普通列車とバスで軽井沢駅に着いた。今日のパーティでは、洋画界の新進気鋭と注目を浴びている三人の画家、佐伯功児と麻野壮一それに妻木寒山が集まり、米倉を交えての絵画展の打合せも予定され、妻木は、パーティの始まる夕方までには来ることになっていた。
 以上が、最初の聞き取りの状況で、長野県警軽井沢署の北山警部は、取り敢えず事件、事故の両面で捜査を開始することとし、司法解剖の結果、鑑識の結果が出た時点で捜査方針を決めることにしていると結ばれていた。



 軽井沢警察署で、県警本部からの捜査員を加えて捜査会議が翌早朝から開かれた。
 まず、司法解剖の結果が報告された。
「死亡したのは、佐伯功児四十七才、住所は横浜の山手○○番地、死亡した軽井沢の別荘は佐伯の持ち物で、別荘とアトリエを兼ねています」
 と、若手の吉野刑事が書類を見ながら説明すると、別の捜査員が黒板に要点を書き出していく。吉野が続けた。
「死因は、拳銃による頭部損壊による即死で、死亡推定時刻は昨日の十一時から一時の間となっています」
「昨日の聞き込みでは、隣の別荘の人が十二時十五分頃に「パーン」という音を聞いたということだから、もう少し時刻を絞ることが出来そうだな」
 と北山警部が言って先を促した。
「はい、その様に思います。つぎに鑑識の結果ですが」
 と吉野刑事は、長野県警の鑑識課員にバトンタッチした。
「使われた拳銃は、ロシア製のトカレフで、前を調べています」
「で、佐伯が自分で撃ったのか、誰か他人によって撃たれたかは分かりましたか」
 北山警部が質問をすると、
「拳銃からは、誰の指紋も検出さていません」
 北山警部は、頷いて身を乗り出して聞いている。
「佐伯は手袋などしていませんでしたので、他人によって撃たれた可能性が高いと思われます」
「そうか、他殺と言うことか。それじゃ、昨日からの聞き込みで分かったことを報告してくれ」
 と捜査員達に促した。
「私からは、佐伯の家族についてですが、現在は妻の美咲二十五才と二人です。別れた前妻が宮本佳代と言います。四十五才で横浜の方の実家に居て、三人の子供は前妻が引き取っています」
「随分若いのと再婚したんだな」
 北山警部がもらすと、
「そうですね。で、佐伯自身について分かったことを申し上げます。出身は、兵庫県の山奥の丹波出身です。大阪にある難波美術大学を出て、アルバイトをしながら画を描いて、フランス等にも留学していたようです。目がでたのは、ここ十年くらいのことだそうです。昨日のパーティに出席予定の麻野壮一、妻木寒山と共に新進気鋭の画家と注目を集めていると、これは、同じパーティに出席予定だった画商の米倉の話ですが」
「やっと日の目を見た矢先か。いっしょに苦労してきた前妻と分かれて、若い女と再婚なんかするからバチが当たたんじゃないのか」
 北山警部は、やけに若い後妻の美咲に拘っていた。



 捜査会議は、他殺の可能性が高まったこともあって熱を帯びて続いた。
「他殺ということになると、物取りか怨恨かということになるが、それに関連しては」
 北山警部の問いに吉野刑事がすぐに応じた。
「室内は物色された痕跡はありません。玄関の鍵は、美咲が出るときはかけたはずだが、麻野、米倉達と戻ってきた時はかかってなかったと言っています」
「顔見知りということか。他に何か」
「はい。佐伯功児が撃たれた周りには争った様な跡はないのですが、キャンパスに架けられていた画がナイフの様なもので×印に切り裂かれていました」
「何時、誰がやったかは分かるのか」
「いえ、妻の美咲もめったにアトリエには入らないので知らなかったと言っています」
 北山警部が暫く考えこんでいる間に、捜査員の間で確認のやりとりがあった。そして、
「怨恨ということになると、まず、家族関係か。離婚した前妻と子供が三人いるということだな。仕事関係というと、新進気鋭ということで敵も多かったのかも知れないな。交遊関係というと」
 と北山警部は続けた。
「昨日のパーティに出席予定の人からの聴取状況は」
「出席予定は、画家の麻野壮一、妻木寒山に、画商の米倉覚とモデルの岩佐真央と佐伯の妻の美咲で、昨夜は佐伯の別荘に泊まる予定にしていましたので、麻野を除いて軽井沢グランドホテルに泊まってもらい、話を聞きました」
「そうか。じゃ、一人づつ頼む」
「まず、先に帰った麻野壮一ですが」
 少し年配の捜査員が手帳を見ながら切り出した。
「麻野壮一ですが、年齢は三十五才で、東京美術大学を出てパリに留学すると、パリの画壇で認められて、一躍脚光を浴びるというエリートコースを歩んでいます。佐伯との付き合いは、妻木寒山と共に、新進気鋭の三羽カラスと言われ始めてからだそうで、四、五年です」
 一息ついで続けた。
「仕事上の付き合いだけだそうです。昨日の十二時十五分前後のアリバイを聞くと、こう言っていました。小布施の自宅を十一時頃、妻が運転する車で長野駅まで送ってもらい、長野を十二時九分発の新幹線で、軽井沢には、十二時四十二分に付き、画商の米倉と落ち合って、軽井沢駅に迎えに来てくれた美咲の車で別荘に向かって、三人で佐伯が死んでいるのを発見したということです。だから、その時刻には新幹線の中だったと」
「裏は取れたのか」
 と北山警部が聞くと、
「まだ、これからです。それに、もし、小布施から軽井沢まで車を飛ばせば一時間位で着きますので、その可能性も洗って見る必要があります」
「そうですね、よろしくお願いします。ところで、駅と別荘の間は、車だと五分位だから、駅について、車で別荘に行き、佐伯を殺害して、再び駅に戻る。三十分もあれば十分だな」
 北山警部の問いに、
「そう思います」
 と年配の捜査員が答えた。



「では、続いて画商の米倉覚について、昨夜本人から聞いたことですがお話します」
 と県警本部の山城刑事が報告を始めた。
「米倉覚は五十一才で、銀座で画廊を経営する他、官公庁や病院のロビー、一般企業の応接室、会議室、役員の部屋等に飾る絵画のレンタルを幅広くやっていると言っていました。佐伯功児との付き合いは二十年以上前からで、佐伯がまだ売れない時代には、何かと面倒を見ていたということです」
「それで」
 と北山警部が先を促す。
「それが、佐伯が売れ出してからは、それまでの恩も忘れて、米倉に不遜な態度をとることが多かった様で、米倉は、自分には佐伯を殺す動機があったかも知れないなんてことを言っていました。二人の関係については、更に調べる必要があります」
「で、米倉の当日の行動は」
「裏付けが取れている訳ではありませんが」
 と前置した。米倉の言い分は概ねつぎの様であると、時刻表の一部を黒板に書き出した。

①信越本線下り
高崎1119北高崎1122群馬八幡1126安中1131磯部1137松井田1142西松井田1145横川1151
②バス
横川1200軽井沢1234
③長野新幹線下り
高崎1140→軽井沢1202
④長野新幹線上り
長野1209→軽井沢1242
⑤信越本線上り
横川1057西松井田1104松井田1106磯部1111安中1117群馬八幡1122北高崎1126高崎1129
「米倉は、午前中、自分のところの営業といっしょに、高崎に新築オープンするホテルへの絵画のレンタルについて、ホテル側担当者と打ち合わせを行っていたそうです。本来なら、新幹線で軽井沢に向かうのでしょうが、時間の余裕があるということで、普通で高崎から横川に行き、横川からバスで碓井峠を越えて軽井沢に着いたと言っています。高崎の駅では、電車に乗ったところをいっしょだった営業に見送られたから聞いて見てくれと」
 山城刑事は一息つくと、黒板に書き出した時刻表を指しながら説明を続けた。
「これは稚拙なアリバイ工作で、1119発の普通に乗って、つぎの北高崎で1122に降りて、上りの1126に乗って1129に高崎に戻ります。1140発の新幹線に十分に間に合いますから、これに乗れば軽井沢に1202に着きます。車で五分程の別荘に行って佐伯を殺害し、十二時四十二分に軽井沢着の上り新幹線から降りてくる麻野壮一と待ち合わせることは可能です」
 北山警部達は黙って黒板に見入っている。
「そんなアリバイ工作は直ぐに見破られると米倉に正しましたが、調べてもらえば分かるはずだと、アリバイを主張しています」
「そうだな。あまりにも幼稚なアリバイ工作だ。裏を慎重に取ってくれ」
 と北山警部が山城刑事を見て言った。



 会議が始まってから、一時間程経過して捜査員は早く裏づけを取りに聞き込みに飛び出したくてざわついてきた。北山警部がそんな捜査員を落ち着かせる様に言った。
「後、別荘に夕方到着した二人についての話が終わったら、捜査本部の設置だ」
 再び、吉野刑事が二人について説明した。
「画家の妻木寒山ですが、年齢は三十才です。東京の玉川美術大学を出て、若くして世の中に認められて、同大学の講師もしています。佐伯との関係は、今回の三人展で付き合いが始まったということです。昨日は、午前中の講義が十二時まであって、その後、先生仲間と昼食を摂ってから、二時過ぎの新幹線に乗って、三時半頃軽井沢駅に着いて、そのままタクシーで別荘に来て事件を知ったと言っています。これから裏付けをとります」
「頼む。で、もう一人は」
「モデルの岩佐真央、二十五才です。東京のモデル事務所に所属していて、写真や画のモデルをしています。佐伯の画のモデルもしていて、佐伯のお気に入りだったそうです。本人は、画家とモデル、それ以上の関係はないと言っています。昨日は十二時過ぎに自宅のマンションを出て、二時過ぎの新幹線で軽井沢に来たと言っています」
「分かった。そうだ、後、奥さんの美咲の行動は」
 と北山警部が尋ねた。
「はい、昨日は本人が動揺していて,ちゃんと話を聞くことが出来ませんでしたので、これから」
「では、以上で初期捜査の状況説明を終了して」
 と北山警部が、長野県警捜査一課長に言葉を向けると、それまで黙って聞いていた課長が口を開いた。
「有名な画家の殺人事件ということで、マスコミ、世間の注目が集まると思う。県警の威信にかけて犯人逮捕に全力を挙げてくれ」
 長野県警軽井沢署に、「画家殺人事件捜査本部」の看板が掲げられた。
 捜査本部のトップは、長野県警捜査一課長であるが、軽井沢署の北山警部が現場での指揮をとることになった。
 北山警部が、各捜査員の役割分担を決めると、捜査員達は一斉に署を飛び出して行った。



 都幾川は、長野県警軽井沢署の北山警部から送られてきた数十枚の写真の内、画が写っている一枚の写真に目がとまった。
「ちょっといいかな」
 と斜め前に座っている鶴居刑事に声をかけた。
「はい。何かありましたか」
 と立ち上がりながら鶴居刑事が応えた。
「画が写っているこの写真なんだが」
「画が切り裂かれていますね。女の人を描いた画のようですが」
「そうだ。切り裂かれていて、キャンパスが捲りあがっているのでわかり難いんだが」
「ええ」
 と鶴居刑事がキョトンとしていると、
「そうだ、先ず軽井沢署の北山警部に連絡して、捲りを抑えて写した写真を送ってもらおう」
 と島牧巡査に頼むと、
「鶴居さん、この画は先日まで私が入院していた警察共済病院のロビーに架かっていた画だと思うんだが」
「ああ、そうですか」
 と拍子抜けしたような鶴居の返事だったが、直ぐに島牧巡査が一枚の写真を持ってきた。
「ありがとう。早いな」
「今はITの時代ですから。電子メールの添付ファイルで直ぐに送って下さいました」
「鶴居さん。どうかな」
 先程の写真より分かり易い写真を鶴居に手渡した。が、
「そうですね、入院中は何度も病院には行ったのですが、余り良く見ていなくて」
 鶴居刑事がすまなそうに言うと、
「いや、いいんだ。悪いんだが、この写真を持って病院の事務長のところに行って聞いて見てくれるか」
 と都幾川が言うと、鶴居刑事は安心した表情を見せて、
「分かりました。近いですから直ぐ行ってきます」
 と言って飛び出して行った。
 海岸通りにある神奈川県警本部とMM地区に移転した警察共済病院は目と鼻の先にある。鶴居刑事は小一時間もしない内に戻ってくると、直ぐに報告した。
「事務長に会ってきました。写真を見せたところ、一月程前までにロビーに架けてあった画に間違いないということです。佐伯功児が自分の娘を描いたものだと業者が言っていたそうです」
「そうか。階段で転ぶ直前に聞いた話と同じだ。業者の名前は」
「はい、米倉画廊という名前で、代表は米倉覚です」
 都幾川はすこしの間考えると、
「二つ分からないことある。軽井沢署からの資料では、佐伯功児には別れた妻と子供が三人いる。ただし、三人共、男だ。もう一つは、藤村隆という私の友人が異常にあの画に興味を持っていることだ」
 都幾川は一息つくと続けた。
「すまんが、鶴居さん。佐伯功児の前妻と三人の子供について調べてくれないか。私は、藤村に会って話を聞いてみる」
「わかりました」
 と言うと鶴居刑事は自席に戻った。都幾川は、北山警部に電話を入れて捜査協力の確認をすると、
「出かけてくる」
 と言って、まだ僅かに不自由な足をかばいながら本部を出て行った。

十一

 都幾川が関内の天麩羅屋の引き戸を開けると顔なじみの仲居が迎えた。
「お友だちはもうお待ちですよ」
 と言って、奥まった個室に案内した。
「やあ、遅くなってしまって、すまん」
「いや、今日は快気祝いか?それだったら、こっちから声をかけないと」
 藤村もすまなそうに言うと、
「今日は違うんだ。快気祝いは別の機会に豪勢に頼むよ」
「そうか。まあ、摂り合えず退院おめでとう。そろそろ歳なんだから無理はするなよ」
「ありがとう」
 二人は生ビールのグラスを合わせ、黄金色に輝くビールを流し込んだ。タイミングを見計らって、板前が旬の蕗の薹の天麩羅をそれぞれの皿の上に置く。
「で、今日は何の話か」
「うん、ちょっと事件に関しての話なんだが」
 都幾川が切り出した。藤村は少し面倒くさそうな表情を見せている。
「俺が入院している時に、お前が見舞いに来てくれて、その時、ロビーに架かっていた画を気にしていたと思うんだが」
「あの画がなにか」
「先日起きた殺人事件の現場に切り裂かれているのが見つかった」
「ええっ」
 藤村は驚いて、天麩羅に伸ばした手を引っ込めた。
「佐伯功児と言う男が軽井沢で拳銃で殺された。前に警察共済病院のロビーに架かっていた少女の肖像画を描いた画家だ。この写真が切り裂かれた画だ」
「どれ、確かにあの少女の画だ」
 と藤村は写真を都幾川に返した。
「で、今日はあの画について聞きたいんだ」
「そうか、何でも知っていることは話すよ」
「まず、あの画が気になっていた理由は?ああ、すまない事情聴取のような言い方で」
 都幾川は友人に話を聞いているのに、事件のことになるとついつい犯人に対するような言い方を詫びた。
「いや、いいんだ。最初にあの画を見たのは、もう十年以上前になる。仕事で神戸に出張した時に、三宮のバーだ」
「そのバーの名前は」
「確か、「芙蓉」といったと思う。あの画について、夏子というママに聞くと、こう言っていた。ママのご主人が小学六年生になるお嬢さんを描いた絵だそうで、この絵だけは売ってはダメと言われていると」
「うん。それだけか」
 都幾川は話の引き出しにかかった。が、今度は藤村が質問した。

「先程、少女の肖像画を描いたのは佐伯功児という画家だといったが、ママのご主人が佐伯功児ということか」
「そういうことになるな。それに、佐伯功児の数年前に離婚した前妻は、宮本佳代という名前で、横浜の実家に三人の子供を引き取って暮らしている」
「それは変だな。ママは、もう亡くなっているし、画家のご主人は十三年前の阪神・淡路大震災で亡くなっている」
「全くの別人ということか」
 都幾川は、少女の画の見間違えで全く関係のないことを藤村に聞いているのではないかとも考えたが、まだ、何かを藤村が知っているのではないかと、少しの間、天麩羅とビールで時間を空けることにした。

十二

 阪神・淡路大震災
 平成七年一月十七日(火)午前五時四十六分、兵庫県南部地震が発生、震源・規模は淡路島北部深さ十六キロメートル、マグニチュード七.三である。震度七を観測した揺れは淡路島、及び阪神間を中心に大きな被害をもたらし、特に神戸市街地は壊滅状態となった。
 この地震による被害は、死者六、四三四名、行方不明者三名、負傷者四三、七九二名、二十五万棟以上の住宅が全半壊して、長田地区を中心に発生した火災は、七、四八三棟が全半焼した。神戸地区の木造住宅で、住宅が倒壊して圧死、さらに火災による焼死を多数出したのは、地震よりも台風に対応した構造となっていて、振動に弱く瓦部分が重かったことにも起因していた(台風の風に飛ばされないように屋根を重くしていた)。

「阪神・淡路大震災からもう十二年経つんだ」
 都幾川が再び話始めた。
「そうだな。あの時亡くなった方々の十三回忌だ」
 と藤村が応じた。
少し立ち入ったことを聞くけど、三宮のバー「芙蓉」のママのご主人が震災で亡くなったことや、その後ママが亡くなったことはどうして分かったんだ」
「段々、職務質問いや事情聴取になって来たな」
「まあ、そう言うな」
 都幾川がたしなめると
「あまり話したくないんだが。話さないと何か罪に問われるか」
「いや、そんなことは何もない」
「そうか、じゃ、止めておこう」
「分かった。話したくなったらで良い、連絡してくれ」
 都幾川は、こういう時には無理強いをしては、口がますます堅くなることを十分にわきまえていた。
「すまないな。じゃ、一つだけ教えておくよ。阪神・淡路大震災の死者は、六、四三四名といのは間違いで、六、四三三名だということだ」
「それは」
 と都幾川がその意味を問いかけると、
「これ以上は勘弁してくれ。勘定は俺が払っておくよ、贈賄にはならないだろう」
 天麩羅のコースはまだ終わりではないのに、藤村は席を立った。

十三

 都幾川は、藤村の言った数字の意味は直ぐに理解できた。阪神・淡路大震災の死者の数は、公表されている六、四三四より一人少ない六、四三三で、後の一人は地震とは別の原因で死亡したが、地震による死者として数えられているということだ。藤村は、誰かに遠慮してか、誰かを匿ってか全てを話せないでいるのだと都幾川は考えた。
「誰を」
翌日、都幾川が出署すると直ぐに鶴居刑事が机の前に来た。昨夜、米倉覚の運転する車が横浜新道で事故を起こし、米倉は死亡、助手席に乗っていた岩佐真央が重傷を追ったと報告した。
「事故の原因は」
 都幾川が聞くと
「重傷の岩佐真央の話では、煽り運転から逃れようと路肩に寄ったところ、ハンドル操作を誤って側壁に衝突した様だということです」
「煽り運転をした車は」
「逃げてしまって、分からないそうですが、目撃情報を収集中だそうです」
 都幾川は一呼吸つくと、
「米倉は軽井沢の容疑者の一人だよな。それに、岩佐真央は殺された佐伯功児のお気に入りのモデルだ」
「殺人事件と交通事故とどんな関係があるんでしょうか」
「死んでしまったが米倉の身辺と岩佐真央について、もう少し調べて見よう」
 と都幾川は言うと、軽井沢署の北山警部に連絡を入れて、米倉覚が交通事故で死亡、同乗の岩佐真央が重傷を負ったことを報告した。北山警部からは、軽井沢署での捜査会議への出席を要請され、米倉と岩佐の交通事故および二人の身辺調査、および別に依頼してあった佐伯功児の前妻の宮本佳代と子供達の身辺調査の結果について報告して欲しいということである。

十四

 数日後、都幾川と鶴居刑事は軽井沢署に置かれている捜査本部の会議に出席するため出張することになった。会議は午後三時開始ということで、都幾川の提案で、高崎からは別ルートで軽井沢に向かうことにした。
 二人は、1119高崎発の普通列車に乗り込んだ。
「ガラガラですね」
 と鶴居刑事が話かけると、
「そうだな。あの日米倉はどのルートで軽井沢に向かったのか。自分は、横川まで行き、バスで軽井沢に行くから、鶴居さんは、つぎの北高崎で降りて、1126発の上り電車に乗りかえて高崎に戻り、高崎発1140のあさま517号で軽井沢駅に来てくれるか」
「はい、わかりました。軽井沢駅に着いたらタクシーを拾って佐伯の別荘に行ってきます。警部がバスで到着する1234までには駅に戻ってきます」
 直ぐに電車は北高崎駅に到着、鶴居刑事は降りて上り電車を待つと、間もなくホームに電車が入ってきた。それとすれ違いに都幾川警部を乗せた下り電車は出発した。鶴居刑事が乗りかえた上り電車は1129に高崎に到着した。階段をゆっくり上って新幹線乗りかえ口からホームに降りて、下りあさま517号を待ち乗車、軽井沢駅には定刻の1201に到着した。鶴居刑事は克明に手帳にメモをとっていく。
 駅ロータリへの階段を下りたところにタクシー乗り場があり、タクシーは客待ちをしており直ぐに乗り込んで、佐伯の別荘の場所を告げた。
「はい、わかりました」
 と年配の運転手が愛想よく答え、
「警察の関係の方ですか?それともマスコミの関係の方」
「ええ、まあ」
 と曖昧な返事を鶴居刑事がすると、
「ここのとこあの事件のことで軽井沢は持ちきりですよ。それに、自分達も何度も警察から、そうですね、この時間に別荘方面へ乗せた客はいないか聞かれました」
「で、どうなんですか」
「ええ、今は暇な時期で観光客も多くありませんから、何かあればわかるんですが」
 五分程で別荘前に到着、時刻は十二時十分である。
「暫く、ここで待っていてくれますか」
 鶴居刑事は、別荘の玄関に向かったが立ち入り禁止のテープが張られ、まだ現場保全されていて中に入ることは出来なかった。別荘の裏手に回ると、勝手口と思われる入り口があり、さらに別棟への渡り廊下があって、母屋と同じくらいの大きさの洒落た建物が建っていた。ぐるりと、別棟の裏を回って表玄関前に戻ってきた。時刻は十二時十五分、ちょうど佐伯が撃たれた時間になる。
「パアーン」
 と小さい声で言いながら、
「運転手さん、あの事件の時、銃声を聞いたという人の別荘はどこにあるかわかりますか」

「この小径を入っていったところで、歩いて二、三分のところです」
 と、運転手が教えてくれた。直ぐに小径に入っていって、白樺林を抜けると瀟洒な建物が見えてきた。建物のそばまで行ったが人の気配はなかった。距離はそんなに遠くはないが、完全に白樺林で遮断されている。急いで玄関前に戻ると、時計の長針は二十五分をさしていた。再び、タクシーで軽井沢駅に戻ったのは十二時三十二分、都幾川警部が乗ってくるバスを連絡路の上で待つことにした。

十五

 都幾川を乗せた電車は、1151定刻に横川駅に到着した。降りる客は十数名で、都幾川は最後に改札口を通ると、改札掛に警察手帳を見せて、
「ちょっと、お聞きしたいんですが」
 と話かけた。
「ええ、数日前にも警察の方から聞かれたんですが、それと同じことしかないんですが」

 少し面倒そうに改札掛が答える。
「一週間前の今日になりますが、この時間にこんな男が通りませんでしたか」
 都幾川は写真を見せながら聞くと、
「ええ、はっきりとは分からないんですが、多分」
 とはっきりしない。
「何か、気づいたことはありませんか」
 バスの出発の時間があるので、少し急いで聞くと、
「ええ、一つ思い出しました。そのお客さんは、最初、Suicaを出されたんです」
「それで」
「こんな廃止寸前のローカル駅には、Suicaの読取機がないんです。それで、乗車駅を聞いて、確か横浜と言っていましたが、現金で清算してもらいました」
 お礼を言って、改札口隣りにある売店に寄って、店番をしていたおばさんに声をかけた。確かに、一週間前の昼時に「峠の釜飯」を買った中年の男がいたという。この時期にはお店には見本しか置いていないので、斜め前にある本店に走って、とってきて手渡したという。都幾川は釜飯を二つ頼むと、おばさんは走って店に戻ると、バス乗り場に向かった都幾川を追いかけてきて手渡してくれた。
 都幾川が乗り込むのを待って、1200にバスは横川を発車し、七曲の碓氷峠を登っていった。頂上を過ぎると、直ぐに軽井沢の街中に入っていき、1234に軽井沢駅に到着した。運転手に聞くと、この時期は道路の渋滞もなく、ほぼ定刻通りバスは運行されているという。一週間前のことについて聞くと、当日は休みで別の運転手が運行していたということであった。
 都幾川が駅舎に向かって歩いてくると、階段から鶴居刑事がポリ袋を提げて降りてきた。
「お疲れさまです」
「その袋は」
 と都幾川は自分の持っている「峠の釜飯」入ったポリ袋をちょっと掲げてみせた。
「あら、だぶっちゃいましたか」
「鶴居さんも横川駅に寄ってきたんですか」
 と真面目に都幾川が聞くと、
「いや、軽井沢駅の売店で買ってきました。今は、新幹線の中でも売っていますよ」

 二人は、自販機で暖かいお茶を買って、風は冷たいが暖かい日差しがあたっているベンチに腰を掛け,「峠の釜飯」を食べながら、北高崎で別れた後のことを互いに説明した。

十六

 捜査会議は、午後三時過ぎから始まった。長野県警捜査一課長の挨拶の後、北山警部が都幾川警部と鶴居刑事を紹介し、北山警部が会議を進行した。
「まず、被害者の佐伯功児について何か分かったことは」
「佐伯功児は画の世界では遅咲きのほうで、長い間苦しい生活を送っていたようです。それを支えたのは五年前に離婚した前妻の宮本佳代です。離婚の原因は、弁護士の話ですが、性格の不一致というやつです」
「宮本佳代については、都幾川警部にお願いするとして、先を続けてくれ」
「はい。ちょっと気になるのは、離婚を申し出たのは宮本佳代の方からで、佐伯のドメスティック・バイオレンスに耐えられなかったようです」
「今の奥さんの佐伯美咲とは」
「三年前に再婚しています。美咲は、画のモデルをしていて知り合い、佐伯からのプロポーズで一緒になったようです。ただ、前妻に対してと同じような暴力に耐えられず、離婚を調停中だったということです」
「そうか。で、仕事の方の関係では」
「繰り返しになりますが、世の中に認められる様になったのは十年位前です。画の評論家の話では出世作となったのは、例のアトリエで切り裂かれていた少女の「肖像画」だそうです。本人は明言していなかった様ですが、あの画を扱っていた画商の米倉は、佐伯が自分の娘をモデルにして描いたものだと言っていたそうです」
 十二、三名の捜査員は吉野刑事の話に熱心に耳を傾けている。
「ここで、宮本佳代と子供達についての調査結果をお話いただけますか」
 北山警部が都幾川に話しを促すと、鶴居刑事が立ち上がって説明を始めた。
「前妻の宮本佳代は、横浜の実家に身を寄せています。実家は代々の農家で、広大な土地を保有した裕福な家です。佐伯と結婚している時の支援は佳代の実家からのものだったということです。二十五年前に結婚、先程の説明の様に五年前に離婚しています。子供は、三人の男の子がいます。上から、二十二になる大学生、十七の高校生、十六の高校生です」
「男ばかりですね」
「はい。事件当日のアリバイですが、四人とも完全なアリバイがありましたので、直接手を下すのは出来ないと思います」
「宮本佳代は、前夫の佐伯について何か言っていましたか」
「そうですね。もう、かかわりになりたくないといった様子でした」
「ありがとうございます。他に、佐伯に関して何か」
 と北山警部が促すと、一人の捜査員が発言した。
「先程話しに出た画の評論家の話では、画家仲間では、佐伯の出世作となった少女の「肖像画」は贋作じゃないかという噂があります」
「じゃ、なんという画家の画を真似ているのか」
「それが良く分からないといことなんです」
「贋作というからには、誰の描いた画に似ていると言わないと、画家仲間のやっかみかも知れんな」
 と北山警部は言うと話を切り替えた。

十七

「当日の美咲の行動は」
 と北山警部が聞くと、別の捜査員が立ち上がって説明した。
「美咲は、十一時に別荘を出て大型スーパーで買い物をし、十二時半頃に麻野荘一と米倉覚を軽井沢駅でひろって、別荘に戻ったと言っていましたが、正確には十二時四十五分頃に二人をひろった様です。大型スーパーでの買い物は、レシートの日付と時刻から間違いないと思われます」
「よし、わかった。では、麻野荘一については」
「私が担当しました」
 と若い捜査員が立ち上がった。
「麻野荘一については、佐伯、妻木とともに新進気鋭の三羽ガラスと言われているわけですが、他には特に新しいことはありませんし、動機も特に出てきません。アリバイですが、奥さんの証言だけです」
「そうか、では、亡くなった画商の米倉覚についてですが、事故の状況などご説明いただけますか」
 北山警部に促されて、再び鶴居刑事が立ち上がった。
「同乗していたモデルの岩佐真央の話ですが、米倉覚の運転する車は、第三京浜から横浜新道に入ると直ぐに、黒塗りの乗用車に煽られ始めたそうです。料金所を通過して左側に車を止めて、その車をやり過ごそうとすると後ろにぴったりと停めたそうです。止むを得ず車を発進すると再び煽り運転が始まって、路肩に車を寄せようとして側壁に激突したそうです」
「何故、警察に通報しなかったのか問いただしましたが」
 と都幾川が補足すると、鶴居刑事が説明を続けた。
「初めてだとは言っていましたが、二人は鎌倉にデートに行く途中だった様です。七里ガ浜にあるカマプリ、正確には鎌倉プリンスホテルには米倉の名前で予約が入っていました。それで、公になるのを嫌った、あるいは煽っている車が自分たちのことを知っているのではないかと思ったのではと岩佐真央は言っていました」
「県警の交通の方で、煽り運転の目撃情報を探していますがまだ何もないようです」
 都幾川が補足すると、北山警部が話を進めた。
「では、こちらの方から、米倉覚の身辺とアリバイについて新しく分かったことを説明してくれ」
「はい、前回の会議でもありましたが、米倉覚と佐伯功児の間は二十年以上前からで、佐伯が売れない時代から面倒を見ていたようです。例の「少女像」を売り出したのも米倉だそうです。ところが最近になって、二人が不仲になったという噂が広まっていました。米倉が生きている時に聞きましたが、「そんなことはない、現に三人展を企画していたところだ」と笑い飛ばしていました」
 説明していた吉野刑事が一息いれた。
「アリバイの方ですが、本人は高崎から横川経由バスで軽井沢に来たと言っていましたが、裏づけはあいまいです。横川駅の駅員と峠の釜飯のおぎのやの店番のおばさん、それにバスの運転手が、それらしき人は見たが確証はとれませんでした。偶然に年恰好の似た別人がいたのかも知れません」
 吉野刑事の説明に都幾川が続いた。
「私たちはここに来る時、鶴居と二通りのルートで来てみました。一つは今話のあった、横川を通るアリバイルート、もう一つは北高崎から高崎に戻り新幹線を利用するトリックルートです。吉野刑事が説明されたようにアリバイの確証は取れません。トリックルートを利用すれば、佐伯殺害は可能です」
「わざわざ、ありがとうございます」
 北山警部の次が何かあるんでしょうという目に、都幾川はさらに続けた。
「一つだけ気が付いたのですが、横川で降りた男は、改札掛にSuicaのカードで清算しようとしたそうです。横川駅ではSuicaのカードを扱っていないので乗車駅を聞いて現金で清算したそうです。そう、乗車駅は横浜と言っていたそうです」
「そうしたら、その男は米倉覚ではないですね」
「そういうことになります。佐伯を殺害したかどうかは別にして、米倉覚が稚拙なアリバイ工作をしたのは間違いありません」

十八

「では、妻木寒山については」
 北山警部の問いに、これも若い捜査員が応えた。
「当日のアリバイは完璧です。それに佐伯との関係ですが、今回の三人展の前には接点はないようです」
「そうか。後、先程の米倉覚の車に乗っていた岩佐真央については」
「岩佐真央のアリバイですが、十二時過ぎに東京のマンションを出て、四時頃軽井沢に着いたと言っていますが、裏はとれていません。佐伯のお気に入りのモデルということで、二人の関係を聞きましたが否定しました」
「佐伯との間になにかあれば、佐伯、米倉との三角関係と佐伯と美咲、岩佐真央との三角関係が二つも成立する可能性もある」
「はい」
 と吉野刑事が相槌をうつと、北山警部が続けた。
「二人とも死んでしまっているが、美咲と真央の二人の身辺をもう少し調べる必要があるな。岩佐真央の方は、横浜の病院に入院していることなので、ご足労かけますが都幾川警部の方でご協力いただけますか」
「はい、分かりました」
 と都幾川は承諾した。
「以上で、当日夕方のパーティに出席予定の人は全部出たと思いますが、他に何か出てきましたか」
 北山警部が全体を見回しながら聞くと、先程美咲について話をした捜査員が立ち上がった。
「美咲の話なんですが、数週間前に男が佐伯功児を訪ねてきたそうです。お茶を出しにいった時に漏れ聞いたのは、少女の「肖像画」についての話だったようです。最初は静かに話しをしていた様ですが、その内、応接の外にまで聞こえる大声となり、佐伯がその男を追い払うように帰したと言っていました」
「それっきりですか」
「一度だけだった様です。年恰好は六十前のスマートな紳士で、上の名前だけですが藤村と言っていたそうです」
 都幾川は、九十九パーセントで藤村とするのが妥当と考えた。
「その藤村について何か分かったことは」
「まだ、何も」
「そうですか」
 都幾川は、この段階では藤村について話さないほうが良いと考え、横浜に戻ったら再度藤村に会って話しを聞くことにした。友人ではなく、重要参考人として会わなければならないことに憂鬱であった。会議が終わり、帰りの遅い時間の長野新幹線のなかでは、鶴居刑事も都幾川警部の表情に終始無言であった。

十九

 事件は急展開を見せた。
 都幾川警部と鶴居刑事が東京駅に夜十一時過ぎに到着すると、先ず、軽井沢の北山警部から連絡が入った。小布施に住む画家の麻野荘一が昨日から家に戻らないと、麻野の奥さんから届け出があり、捜索にあたっているという。そして、神奈川県警の島牧巡査からは、ケガで入院していた岩佐真央が無断で病院を抜け出して行方が分からなくなったという連絡である。
「二人はいっしょではないか」
 都幾川は咄嗟に思ったことを口にした。
「そうかも知れません。二人は何処へ」
 鶴居刑事が応えた。
「麻野の立ち回りそうな友人、親戚などのところは北山警部が手配していると思うが、岩佐真央の方は」
「岩佐真央については、まだ、情報が少ないですね」
「鶴居さん、夜遅くなってすまないが一箇所いっしょに行ってくれるか」
「はい、警部となら何処でも」
 と鶴居刑事が親しみを込めて笑うと、
「いつも、助かるよ」
 都幾川は言って、二人は東京駅からタクシーに乗り込んだ。
 一時間程で二人は、藤村隆の住む横浜の山手にあるマンションに到着した。時刻は既に十二時近くになっていたが藤村は快く迎えてくれた。藤村は二十数年前に奥さんを病気で亡くし、三人の子供を実家で面倒を見てもらいながら育て、三人共独立し、今はこの豪奢なマンションで一人暮らしをしている。都幾川が切り出した。
「夜遅くてすまない。もしかしたら人の命がかかっているかも知れないので」
「いやいいんだ。あの時、話しておけば良かったんだが」
 と藤村がすまなそうに言うと、
「その前に、麻野荘一という画家と岩佐真央というモデルをしている女性を知っていると思うんだが」
「もちろん知っている。二人に何か」
「昨日から行方が分からなくなっている。軽井沢の画家の佐伯功児が殺された事件に何らかの関係があると考えている」
「自分の名前も出ているんだな」
「まあ、それで二人の行き先に心あたりはないかな」
「うん、神戸だな。岩佐真央ちゃんの両親のお墓があるお寺、確か、須磨の方にある勝福寺といったと思う」
「他には」
 都幾川が聞く。
「具体的には分からないが、四、五年前まで真央ちゃんは神戸に住んでいた。そして、麻野荘一さんも、震災の前だが神戸にいたことがある」
「そうか助かる」
 都幾川は、北山警部に連絡、更に兵庫県警に二人の捜索と保護を依頼した。
「事情はもう少し聞かないといけないが」
「なんでも協力するよ」
「明日、朝一番の新幹線、新横浜が0618発の「のぞみ1号」でいっしょに神戸に行ってくれるか」
 都幾川の依頼に対し、
「それは、職務権限かい」
 藤村が笑いながら言うと、
「いや、二人の命を助けたいんだ。それには、お前の力が必要だ」
「わかった」
 三人は数時間の睡眠をとって、新横浜からのぞみ1号に乗り込んだ。

二十

 都幾川は新幹線に三席のシートを二列特別に用意してもらっていた。前の窓側に藤村が、隣の中の席に都幾川が、そして後ろの席の窓側に鶴居刑事が座った。新横浜駅で買ったサンドイッチと缶コーヒーを藤村と鶴居刑事に渡すと、
「先ずは腹ごしらえをして。そう言えば、昨日の昼に峠の釜飯を食べてから、飯らしいものはなにも食べていなかった」
 と鶴居刑事に話しかけた。しばらくして、車内検札の車掌が次ぎの車両に行ったのを待って、
「藤村、俺を信じて何でも話してくれ」
 と藤村に話かけた。
「そうするよ」
 藤村が話し始めた。
「前にも話したと思うが、あの画、お前が入院していた警察共済病院のロビーに架かっていた少女の「肖像画」、軽井沢の佐伯功児の別荘のアトリエで切り裂かれていた画を最初に見たのは、阪神・淡路大震災の起こる前の年の秋頃だった。仕事で神戸に出張した時、同僚の中舘という男に連れられて行った三宮の東門街にあるBar「芙蓉」の壁に架けられていた。その画は、Bar「芙蓉」のママ夏子の絵描のご主人が娘さんをモデルにして描いたもので、画のなかの少女の優しい表情に強く惹きつけられた」
「それで、病院でその画を見たときに」
 都幾川の相槌に藤村は続けた。
「記憶にあると思うが、翌年の一月十七日、兵庫県南部地震が発生し、未曾有の被害が発生した。震災地区の復興のため、会社の対策本部が比較的被害の少なかった大阪のツインタワーにある大阪支店に設置された。自分は本部長として約半年の間、復興対策の指揮をとることになった。神戸支店の入っていた三宮駅前の十一階建のビルは、三十度位傾き、立ち入り禁止となり、社印を持ち出すのがやっとであった。兵庫県内にあるグループ会社も多かれ少なかれ被害を受けていて、中舘のいる会社も例外ではなかった。本部長の仕事は会社のことだけではなく、広く地域住民への支援などにも及んだ」
「その話を聞くのは初めてだ」
「そんな多忙の中、三宮の東門街を訪ねたことがあった。Bar「芙蓉」が入っていた雑居ビルは半壊、路の反対側のビルに倒れかかっていた。立ち入り禁止のテープが張られ入ることは出来なかったし、夏子の消息もわからなかった。ただ、幸い火災は発生していなかったので、あの「肖像画」は無事だろうと考えた」
 藤村は続けた。
「半年後、東京に戻り、「肖像画」のことも忘れかけていた震災の翌年の春に、一通のお店の開店案内が届いた。お店の名前は小料理「芙蓉」、Bar「芙蓉」のママ、夏子からの案内状だった。数週間後に神戸への出張の時にお店に寄ってみると、夏子は覚えていてくれた。お店も住んでいた家も壊れて失ってしまったという。そして、画家のご主人を震災で亡くし、お嬢さんと二人暮らしをしていて、ようやく小さいけどお店をだすことが出来たということだった。それから、藤村は関西方面へ出張というと「芙蓉」へ寄る様になり、さらには、仕事を無理やり作って関西へ出張、夏子に会いにいくようになっていた。亡くなった前妻の十七回忌が過ぎ、夏子の前夫が震災で亡くなってから七回忌が済んだ頃、年甲斐もなく夏子にプロポーズした」
 藤村は、ハニカム様な表情を見せた。
「そのことが前のとき、あまり話したがらなかった理由だな。それで、首尾は」
 都幾川はいたずらっぽく藤村の横顔を見て言った。
「時々お店に顔を出していたお嬢さんの真央ちゃんも賛成してくれた。しかし、夏子はプロポーズを断った。理由は、前夫である山下巌のことが忘れられないからということだったが、後で分かったのは、その時夏子は白血病に患っていた。一年後には亡くなったが、そのことも原因であった様に思った。亡くなる少し前に見舞いに行くと、自分が死んだ後の真央ちゃんのことをくれぐれもよろしくと頼まれた。夏子はお願いする筋合いではないがと、断った上で、前夫のことを話してくれた。山下巌は震災で亡くなったのではないという。一月十六日の夜、日付は十七日に替わっていたが、お店のお客さん、女の子達と食事をして家についたのは朝方の四時を過ぎていた。タクシーを降りたとき、家から二人の男が飛び出してきてすれ違った。心配になって急いで家の中に入り、アトリエに行くと夫が頭から血を流して、夏子の顔を見て何か言おうとして、夏子が顔を近づけたときにガクッとなって息が絶えたという」
「では、山下巌は震災で死んだのではなくて」
 と言う都幾川の言葉をさえぎって、
「夏子が我に返って、一一〇番通報しようとした真さにその時だった。下から突き上げられたと思ったら、家の中のタンスやテレビなどが空中を飛び交った。その内、轟音と共に天井が崩れてきた。夏子は二階に寝ていた真央ちゃんを見つけ出すと家が倒れる寸前で外に逃げ出した。真央ちゃんは父親の名前を泣きながら叫んでいた。父親の遺体が自衛隊員によって発見されたのは三日後だった。警察による遺体の検死は簡単で、死因は頭蓋骨骨折によるもので、震災による死亡と認定された。夏子は事実を訴えようとしたが、数千人の死者と数十万人の負傷者で混乱を極めた被災地で、それが全く無意味であること知って諦めざるを得なかったと悔し涙を流した。もし、何か分かったら、夫の無念を少しでも晴らして欲しいという頼みだった。夏子が亡くなってから、自分で出来る範囲で調べてみたが直ぐに限界になって、やがてすべもなく時間が経過してしまった」
 三人の乗った「のぞみ1号」は、浜名湖を過ぎ、名古屋へ向かって疾走している。

二十一

 藤村は話を続けた。
「自分が再び、あの「肖像画」を見たのは、都幾川を見舞いに警察共済病院に行った時だった。ロビーに架かっていた画を見て直ぐに分かり、都幾川にも尋ねた。そのおかげで、お前は事務長室から自室に戻る途中に階段で転倒、入院が長引くことになってしまった訳で申し分けなく思っている」
「いや、あれは自分の不注意だから」
都幾川の相槌に藤村が続けた。
「病院を後にして、駅への動く歩道を歩いている時、後ろから駆けてきて呼び止める女性がいる。真央ちゃんだった。真央ちゃんは病院に友達を見舞って、ロビーに架けられた画を見たとき、自分をモデルにして、亡き父、山下巌が書いた画に間違いないと直感した。続いて、不思議なことに前を歩く藤村を見て、気が動転しているせいだと思ったが、暫く追いかけて声をかけたという。気が動転したのは自分も同じで、あの画を見た時に、画のモデルの女性に、七年ぶりに出会うなんて信じられなかった。駅構内の喫茶店で近況など話した中で、真央ちゃんは、震災から行方が分からなくなったあの画がどうしてここに架けられ、誰が所有しているか知りたい、そして出来れば取り戻したいと言いう」
「それで」
「亡くなった夏子さんとの約束が頭に浮かび、いっしょに調べてみることにした。数日後お前には内緒で警察共済病院に行き、画がレンタルであること、業者が米倉という画商であることを聞き出した。そして、真央ちゃんと二人で銀座の画廊に米倉を訪ねた。米倉は、真央ちゃんを見ると一瞬動揺が走った様にみえたが直ぐに冷静さを取り戻して、あの画は佐伯功児という画家が、山下巌が描いた画を模写したものだと説明した。模写したものを自分の描いた画といって世の中に出すのは贋作ではなのかと言ったんだが、米倉はあいまいな返事をするだけだった。本物の画が何処にあるか聞いたところ、多分、佐伯功児のところだろうということだった。山下巌の死について何か知っていることはないか尋ねましたが、米倉は何も知らないと言っていた。その頃の山下巌との付き合いがあった人物について聞くと、佐伯功児と麻野荘一という名前を教えてくれた」
「それで、お前は佐伯功児のところへ」
都幾川の問いにかまわず藤村は話しを続けた。
「佐伯功児の軽井沢の別荘には人で会いに行った。最初は穏やかに話しをしていたが、「肖像画」の話しになると、佐伯は激高し、更に、山下巌の死について何か知っていることはないかと聞いたところ、それ以上は話しにならず追い出されてしまった。今度は、モデルをしていた真央ちゃんが、岩佐真央の名前で佐伯功児のところ行き、「肖像画」のことや父との関係などを探ってくると言い出した。危険なので止める様に言ったが、真央は言うことを聞かなかった」
「それで、岩佐真央は佐伯功児のお気に入りのモデルになったわけだ」
「小布施にアトリエを構える麻野荘一のところへは二人で出かけた。麻野は真央ちゃんを見るとすっかり大人になったと驚いていた。麻野は東京美術大学に在学中、半年位の間、山下巌に師事していた。真央ちゃんを描いた「肖像画」については、米倉覚が言うように、山下先生の画の模写だと断言した。麻野は、度々、佐伯を糾弾していているが、佐伯はのらりくらり逃げるか、激高するかを繰り返していた。山下巌の死についても麻野に聞いたが、当時はパリに留学していて何も知らないと言っていた。麻野は、真央ちゃんのためなら何か出来ることがあれば何でもするとも言ってくれた。山下先生の名誉を守るために、佐伯の贋作についてこれからも追求していくと話していた」
「そう輪郭が大分見えてきた」
 と都幾川が言うと
「これで大体のことは話した」
 と藤村がふっと息をつくと、「のぞみ1号」は、新神戸のホームにすべりこんだ。

二十二

 三人が新神戸に着くと、兵庫県警の車が向かえに来てくれていた。後部座席に乗り込むと、助手席に座った年配の警察官が顔を後ろに向けた。
「二人、ええっと、麻野壮一と山下真央の保護手配は、神戸を中心に先ほど済みましたが、まだ情報は上がってきていないようです」
「そうですか。お手数をおかけしますが宜しくお願いします」
 と都幾川が言うと、
「何でもご協力する様に上司から言われております。これから何処に向かいますか」
「はい、助かります。藤村、二人はまず何処へ行くと思う」
 と藤村に問いかけた。
「そうだな。真央ちゃんの方からだけど、両親のお墓かな」
「須磨の方にある勝福寺というお寺わかりますか」
 運転席向かって言うと、助手席の警察官が赤色灯を屋根に取り付け、サイレンをけたたましく鳴らし猛スピードで走り出した。軽井沢から車で神戸に向かっていた北山警部らも神戸に入ったという連絡入り、勝福寺で合流することになった。
 都幾川等は、寺に着き住職に会って、山下真央と麻野壮一について聞くと、住職は直ぐに答えた。
「ほんのすれ違いでした。二人は朝一番で寺へ来て、両親のお墓参りに久しぶりに来たので、お経を上げて欲しいというので、ご一緒しました」
「その後、何処かへ行くと言っていましたか」
 北山警部が早急に聞くと、
「いや、特に何も言っていませんでしたが」
「そうですか。では、お墓参りの時何か気になったようなことはありませんでしたか」
 住職はちょっと考えて話始めた。
「山下家のお墓は先祖代々のもので、最近では、震災の時亡くなった画家の巌さん、そして五年くらい前に亡くなった夏子さんが眠っておられます。お墓は、お嬢さんの真央さんがお守りしていてくれています。東京の方にお住まいのようで、お寺にはなかなかこれないと言うことですが、きちんと、護持会費やお彼岸、お盆の供養のお布施も送っていただいております」
「若いのに、偉いですね」
「そう思います。今日は三十五、六の男の方といらっしゃいました。初めてお目にかかる方でしたが、立派な紳士でした。悪いことをする様には見えませんでしたが」
「いや、犯人として探しているのではありませんから。他に何か」
 都幾川の問いに、住職は言いにくそうに答えた。
「仏に仕える身で申し上げてよいのかどうか」
「二人を助けたいので、是非お願いします」
 都幾川の熱心な眼差しに、
「実は、真央ちゃんが両親のお墓に向かって手を合わせているとき、小さな声で「やっと無念を晴らすことが出来ました」と泣きながら言う声を聞いてしまいました」
「苦しいところありがとうございます。きっと、山下真央さんを助けますから」
 都幾川は深々と住職に頭を下げた。
 県警本部から、山下真央と麻野壮一の二人を見たとの連絡が入った。二人は、六甲有馬ロープウェイの乗車口のそばの六甲ガーデンテラスの辺りで目撃されたとの情報であった。すぐに付近の捜索を依頼すると同時に、都幾川等は二台の車で六甲の頂上に向かった。
 二人がいるという展望台に着くと、山下真央と麻野壮一は柵を背にして、警察官等と対峙していたが、直ぐに崖下に飛び降りるという様子でもなかった。都幾川に促がされて、藤村が声をかけた。
「真央ちゃん、探しに来たよ。心配は何もいらないから」
「おじさん」
 山下真央が藤村の胸に飛び込ん出来て泣きじゃくった。麻野も北山警部のところへ来ると、
「お騒がせして済みません。ほんとうのことをお話します」
 と言って頭を下げた。

二十三

 麻野荘一の事情聴取は軽井沢警察署で行われた。
 北山警部が氏名、住所、職業等の本人確認の後、質問した。
「今度は本当のことを話していただけますか」
 麻野は冷静に話し始めた。
「既にご存知のことと思いますが、私は学生の時、真央さんの父親の山下巌先生に師事していたことがありました。その時は、まだ真央さんは小学生位だったと思います。一ヶ月位前に、真央さんと藤村さんが私を訪ねてきました。佐伯功児が描いた少女の「肖像画」について、あれは父親の山下巌が自分をモデルに描いたもので、阪神の震災以来、行方不明になっている画だが、何か知っていることはないかという話でした」
「それで」
 北山警部の言葉に、麻野は続けた。
「私は、その画は佐伯功児が先生の画を模写したもので、本物も佐伯功児のところにあるのではないかと教えました。加えて、佐伯の画は、先生の画を模写したか真似をしたもので、度々糾弾しているが埒があかないでいるとことも伝えました」
「そのことは、藤村さんからも聞いています。佐伯が拳銃をチラつかせていたとも聞きましたが」
 北山警部の問いに麻野は冷静に答える。
「はい、本物かどうか分かりませんが自慢する様に持ち出しましたことがありました」
「その時警察に届け出てくれれば良かったんですが」
「すいません。おもちゃかとも思ったものですから」
「それで佐伯功児が死んだ日のことは」
「はい、ほんとうのことを言えずに申し訳ありません。あの日、十二時半過ぎに軽井沢駅に佐伯の奥さんに迎えに来てもらうことになっていたのですが、ほんとうは小布施の家を自分が運転する車で出て、佐伯の別荘には十二時前に着きました。妻には、事件の後で、長野駅に送ってもらったと言う様に頼みました。佐伯とは贋作のことで言い争いになり、佐伯は拳銃を取り出してきました。本物かどうか疑心暗鬼だったこともあり、佐伯ともみ合いになった時に拳銃が暴発しました。私は恐ろしくなりました。しかし、何故か冷静に拳銃をハンカチで拭きとって佐伯の手に握らせました。車で軽井沢駅に戻り、画商の米倉といっしょに迎えの車で、再び別荘に戻り、事件を発見したことにしました」
 麻野は一気に話し、さらに続けた。
「佐伯との争いの中で、山下巌先生の死について問いただしました。佐伯は拳銃の銃口を向けながら、にやっと不敵な笑いを浮かべました。その時、先生を殺したのは佐伯ではないかと直感しました」
「それで、岩佐真央とは」
「真央さんは、米倉から父親の事を教えてあげると誘われて車に乗り込んだそうです。米倉は、何も話してくれない内に事故を起こして死んでしまいました」
「二人で、神戸に行ったのは」
「交通事故の後、真央さんに連絡しました。お父さんの山下巌先生を殺したのが佐伯で、佐伯の贋作を扱っていたのが米倉であることを伝えました。佐伯も米倉も死んですべて終わったから両親の墓参りに行こうということになりました」
「真央さんが退院してからではダメだったのですか」
「明日から数ヶ月の間、パリでの仕事が入っていまして」
「それで急いで。わかりました、ほんとうのことを話してくれてありがとうございます」
 さらに、北山警部等の事情聴取と裏付け捜査が続けられた。
 佐伯功児の死は、殺人から事故死に切り替えられ、麻野荘一は過失致死容疑で送検されたが、数日後には不起訴処分となった。


二十四

 岩佐真央、本名山下真央に対する事情聴取は神奈川県警で、米倉覚の交通事故処理の担当官に都幾川警部が加わって行われた。
「本当のことを話していただけますか」
 都幾川の問いに、山下真央は多少の戸惑いを見せながら話しはじめた。
「あの日、米倉から父親のことについて教えてあげると誘われ、車に乗り込みました。米倉は一般道から横浜新道に入ると、鎌倉プリンスホテルを予約してあるから、そこで話をすると言って何も教えてくれませんでした。その内、右手を私の太ももに這わせてきましたので、私は驚いて手を跳ね除けたところ、ハンドルを左に切って、側壁に激突しました。後ろから他の車に煽られたというのは嘘でした。ほんとうにすみませんでした」
 と山下真央は頭を下げ、涙ぐんだ。
「神戸に行ったのは」
「はい、麻野さんから、父を殺したのは間違いなく佐伯功児であること、そして、佐伯が模写した父の画の贋作を商売にしていたのは米倉覚であることを聞きました。二人とも期せずして、それぞれの事故で死んだことで全てが終わったと考え、父母の墓参りをしたいと話しました。麻野さんは数日後にはパリにいかなければならないということで、入院中だったのですが出かけました」
「分かりました」
 都幾川は優しく言った。
 米倉覚の交通事故は、ハンドル操作の誤りとして処理された。

 数日後、関内の天麩羅屋の個室カウンターには、都幾川と藤村が並んで座っていた。
「今回はいろいろと感謝している。助かったよ」
 と都幾川が笑いを浮かべて言うと、

「いや、お前を信頼してきちんと話をしておけばよかった。年甲斐もなく夏子さんにプロポーズしたことが照れくさくて。それに、万が一だが真央ちゃんが事件に関わっているのではと心配だったもので」
「いや、いいんだ。山下巌が娘の真央さんを描いた本物の画は、佐伯の別荘でみつかって、真央さんの手元に戻ったそうだ」
 都幾川の話に藤村は、
「よかった、よかった。もう一度、本物を見たい」
 と喜んだ。
 二人は、ふきのとう、タラの芽、やまうどなど春の山菜の天麩羅に舌づつみをうちながら打解けた時間を過ごしていた。

二十五

 その年、やけに早く木枯らし一番が吹いた十一月の終わり頃のことである。
 都幾川は、毎日、次から次へ起きる凶悪事件に忙殺されていた。捜査四課の刑事がちょっと話があるからと机の前にきた。
「確か警部のところで、春頃に関係していた軽井沢の事件で拳銃が使われたと思うんですが」
「うん、覚えている。画家の佐伯功児という男が、拳銃が暴発して死亡、事故死として処理された。麻野荘一という男ともみ合っていたときの事故だ」
「そう、その麻野荘一という男の名前が出てきました」
「えっ、佐伯功児ではなくて」
 都幾川の顔が引き締まった。
「先日うちのところで拳銃の密輸組織を摘発しました。直接ではないんですが、何人かの売人を経て、密輸されたトカレフが麻野荘一に渡ったことがわかりました。それで、都幾川さんに」
「それは感謝します」
 都幾川は鶴居刑事を呼ぶと今の経緯を話し、軽井沢署の北山警部に連絡した。
 長野県警では、麻野荘一に対する殺人容疑の逮捕状を取り、小布施の自宅で逮捕、自宅を家宅捜索した結果、トカレフの銃弾と山下巌のサインがある画が数十点見つかった。
 麻野荘一の調書から
 山下巌の殺害について
 パリに留学する前、阪神・淡路大震災が起きる数時間前の深夜、先生と仰いでいた画家の山下巌の家へ行きました。そして借金を申し込んだが断られ、また、才能がないと言われて逆上し、近くにあったガラス製の灰皿で山下巌の頭を殴打しました。呆然としているところへ、画商の米倉覚が来て、頭部から大量に出血した現場を見て何を思ったか、「逃げろ」と叫び、二人で家を飛び出しました。
佐伯功児の殺害について
 山下巌を殺害した後パリに留学、たまたま認められて帰国すると脚光を浴びることになりました。そこに米倉覚が現れ、作品の独占的なマネージメントを要求され、しかたなく米倉の言いなりになりました。もともと、才能がないこともあって、米倉がもってくる山下巌の画を模写し、それを米倉が麻野の画として世に出すという悪循環が始まりました。そんな中、米倉は佐伯功児が山下巌の肖像画を模写したものをかってにレンタル画として世の中に出してしまった。それを知った佐伯は猛烈に抗議し、さらには自分の画が山下巌の贋作ではないかと糾弾を始めた。前に話したことと全く逆で、贋作を描き、糾弾されていたのは自分の方でした。そこで私を脅していた米倉覚と共謀し、あの日、十二時前に別荘に着くと、暫くして米倉も来ました。無理と思いましたが贋作の糾弾をやめるように説得しましたが言うことを聞かず、米倉が佐伯を押さえつけたところ私が拳銃で佐伯を撃ちました。そして、拳銃についた指紋を拭き取り佐伯に握らせると、急いで軽井沢駅に向かいました。
米倉覚の事故死について
 米倉覚にはずーっと脅されていたのですが、米倉の交通事故については関係していません。ただ、米倉が車に同乗した山下真央に何か話したのではないかと心配になり、それを探るため神戸への墓参りにいくことにしました。真央さんは何も聞いていなかった様です。

 藤村隆が、真央ちゃんから神戸に戻るとの連絡をもらったのは、暮れも押し迫った頃であった。
「ゴールデンポートとシルバーポート、同じ港町でも違うんだよな」
 と呟く藤村の耳に、新年を告げる船の汽笛が聞こえてきた。

おわり

四百字詰原稿用紙・111枚

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