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茨城県に感謝

「出身はどちらですか」と聞かれると
「歳が分ってしまうのですが、疎開先の茨城です。でも、戦争が終わると横浜に戻ってきたので、浜っ子です」と言っていました。
今日、5月29日は「横浜大空襲の日」です。焼け野原となって、今の住まいから4、5キロ離れた山下公園が見えたと、また、兵隊山と呼ばれた学校の運動場は、焼夷弾が矢のように刺さっていたと聞きます。あの時、茨城県に疎開していなかったら、今日、バイクで全国の村を走り回ることもできなかったのではと思います。
茨城県の9つの村を回って、田植えの終わった水田風景、霞ヶ浦と多くの川、筑波山の山並みに美しい日本の村を見つけることが出来ました。加えて、原子力に果敢に取り組んだ村、筑波学園都市の最先端の研究と調和の取れた発展に、茨城はすばらしい土地だなと思い直しました。
これからは、
「ご出身は」と聞かれたら、
「茨城です」と答えられる様な気がしています。

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筑波山ツーリング

5月28日(土)
筑波山を中心に東に新治村(11番目)、北に大和村(12番目)、西に千代川村(13番目)、南に谷和原村(14番目)が位置します。今回は、バイクでの走りを楽しむことを目的に、出来るだけ国道を避け、県道などを選んで回ることにした。

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新治村役場ホームページ新治村には、常磐道の土浦北を出て、朝靄のなかに筑波山(日本百名山で一番低い山)を眺めると、直ぐに到着した。
大和村役場ホームページ大和村への道筋(真壁町のあたり)には、石材屋が数多くあり、さまざまの造形の石像を楽しむことが出来る。役場へ行く前に、雨引観音へ。名前からも、このお寺は「アジサイ」の名所、6月中旬が見ごろとのことでした。安産・子育て祈願の観音様なので、お布施を奮発して、子育て完了のお礼をしてから役場は向かいました。建物は、石材の産地ということで、石造りの立派なものでした。

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千代川村役場ホームページ千代川村から、谷和原村役場ホームページ谷和原村に到着、間もなく開通する筑波エクスプレスもほぼ完成している様で、このあたりの水田風景も一変して、ニュータウンに変わるのかも知れません。
ここで、予定を追加、茨城県で残っていた東海村役場ホームページ東海村(15番目)へ向いました。東海村の原子力研究所には、中学生のときに実験用原子炉を見学に行った記憶があります。また、コンピュータの仕事をするようになって、何回となく訪問する機会があり、懐かしく思いながら正門前を左折して、役場に到着しました。役場は、これまでの15村のなかで、もっとも、群を抜いて立派なものでした。

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 走行距離500km、11時間の気持ちの良い(ただし、都内首都高はいや)走りでした。

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十津川警部、出番ですか

 クイズです(正解は文中に隠されています)

甲武信岳の名の由来は、次のA,Bどちらでしょうか?

A 甲斐(山梨)、武州(埼玉)、信州(長野)にまたがっているから、「甲・武・信」をとって

B 甲斐の国と武田信玄から、「甲・武・信」をとって

5月21日(土)4時30分に起床、甲武信岳へ一泊二日で山登りに行く奥様を駅まで車で送る。戻ってすぐに出発、持ち物は、フィルムカメラ、デジタルカメラ、携帯電話に、Tシャツの替えとタオル、そして、大判の時刻表とガサの割にはちょっと重たい。今日は、バイクではなく、私鉄ローカル線の旅ということにし、茨城県の旭村、大洋村、玉里村を回ることにした。予定の電車の時刻表は次の様になっている。

横浜    06:51~07:18 東海道線
東京    07:23~07:34 山手線
日暮里   07:52~09:59 常磐線
水戸    10:18~10:47 鹿島臨海鉄道大洗鹿島線
鹿島旭
旭村    1時間50分
鹿島旭  12:37~12:57 鹿島臨海鉄道大洗鹿島線
大洋
大洋村  2時間12分
大洋    15:09~15:19 鹿島臨海鉄道大洗鹿島線
新鉾田  15:20~15;40 徒歩
鉾田    16:04~16:44 鹿島鉄道
常陸小川
玉里村  2時間8分
常陸小川 18:52~19:07 鹿島鉄道
石岡    19;15~19:30 常磐線
土浦    19:33~20:42 常磐線
日暮里

横浜6:51発の東海道線に乗り、東京駅で乗換え、7:34日暮里駅に到着、ちょっと待って7:52発の常磐線普通電車で水戸へ向う。今回は特急電車は使わないことににしたので、水戸まで2時間以上かかるが、2階建車両の上階の向かい合わせの席に足を投げ出す。今日は土曜日ということもあって「ガラガラ」、部活の試合にでも行くのか中学生の集団が「ガヤガヤ」、電車がレールのつなぎ目を通過する時の音が「ガタガタ」と、早起きの頭には心地よい。時刻表をパラパラとめくりながら、「塩山・鶴見・玉里の点と線-二階建鈍行列車殺人事件」などと推理小説のタイトルを思い浮かべている内に、いつしか眠り込んでしまったらしい。

 「ナットー、ナットー」という売り声に目をさますと、普通電車は9:59水戸駅に時刻通りに到着した。JRの改札口をいったん出て、鹿島臨海鉄道のキップ売り場(もちろん自動券売機)でキップを買って、既にホームに入っていた大洗鹿島線の鹿島神宮、2両編成の電車の先頭車両に乗り込む。先頭車両の運転席の後ろに立つと、初めて訪れる土地の風景が後ろへ後ろへと飛んでいく、子供の時とこの感激は変わらない。

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 10:18に水戸駅を出た電車は、10:47に鹿島旭駅に到着した。

旭村役場ホームページ

 降りたのは女子中学生が二人に男子中学生が一人、迎えの車と自転車に乗っていなくなってしまうと、無人駅の周りは誰もいない。店もない、何にもない。地図を見ながら歩き出す。田んぼとビニールハウス(メロン栽培)だけ、車もめったにとうらない。ビニールハウスに人影を見つけ、役場の道を聞くと正反対、同じ道を引き返し、役場に着いたのは12時近くになっていた。役場の建物は、どこかの結婚式場を思わせる。役場入り口に座って休んでいると、役場は休みなのに婚姻届をもって来たカップル、聞きもしないのに「休みでも届け出来るんですよね」と、なにがあるか分らないから、婚姻届は早く出しておいたほうがいい。

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 旭村に滞在すること約2時間、予定より一本遅れの13:21発鹿島臨海鉄道大洗鹿島線で大洋に向かい、約20分、13:42に大洋駅に到着した。

大洋村役場ホームページ

 役場までは10分程で到着、この建物は少し古い。目立つのは、不動産屋さんとログハウス屋さん、田舎暮らしの看板も目につきます。何でも相談という張り紙に不動産屋さんにはいると、「釣りバカ日誌」のスズキさんこと三国連太郎を思わせるおじさんが現れる。トータルの田舎暮らしの説明ではなく、一件ごとの物件の説明に、これは長くなると退散する。103_0346 103_0348

 大洋村に滞在すること約1時間、14:51発の鹿島臨海鉄道大洗鹿島線に乗り、新鉾田駅で下車、20分程あるいて鉾田駅に向かう。鉾田駅を15:26発の鹿島鉄道で、常陸小川駅に16:08到着した(予定よりは、40分位早い)。電車は一両編成のワンマン電車、窓を開け、新緑の風にあたり、ゆっくりと動く景色に、なにかほっとする。田植えの終わった水田、きらきら輝く霞ヶ浦の水面、遠くに見える筑波山とまだ残っている日本の景色である。

この駅には駅長さんが一人、役場の道を尋ねると「今日は休み、玉里村はなにもないよ」と、めげずに役場に向い、歩くこと30分で到着した。戻って来て、「何もなかったですね」と言うと「玉里村にはなにもないよ」との返事に、ほんとうに、何も書くことがありません。

玉里村役場ホームページ

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 玉里村に約1時間滞在して、17:21発の電車で石岡へ向かう。石岡着17:36、

ここで乗換えて常磐線で帰路につく。18:27石岡発、19:58日暮里に到着した。

 東京からの帰路、鶴見に新装開店したバー「アリゲータ」に立ち寄ることにした。バーについたのは9時過ぎ、開店のお祝いと村探訪の話で2時間位過ごし、12時前には帰宅することが出来た。

 村の印象が新鮮な内に記事の作成と思い、パソコンを立ち上げても、眠くて筆が進まない、いや、キーボードがちゃんと打てない、明日にすることにあっさりと決めて、寝ることにした。メールのチェックだけはと思い、受信箱を見ると、懐かしい人からのメールがある。高校の同級性で円百合(マドカユリ)という。他人のことに異常な興味を持ち、頭を突っ込んで来たがる、年齢と性格の持ち主である。

 メールにはこう書かれていた。

「ご無沙汰でーす。お元気そうですね。今日はどうして無視したの?3時過ぎにコスモワールドの観覧車のところで声をかけたのに。いっしょにいた可愛い女の子は、お孫さん?それとも娘さん?仲良く腕をくんでいた若い女の人は誰?、お返事待ってまーす」

直ぐに返信する必要はない。とにかく、眠ることにしたが、眠れぬ内に目を覚ましたのは、22日(日)の昼過ぎになっていました。

 まだ、ぼんやりしていると電話のベル、受話器をとると円百合からだ。

「メール見た?昨日いっしょにいたのは誰、奥さんに話してもいい?奥さんには黙っていてあげるから、今度、逢いましょう」

「人違いじゃないの?僕は、昨日の3時過ぎは鹿島鉄道で、茨城県の玉里村に向かっていたよ」

「ごまかしてもダメよ」

「僕には、ちゃんとアリバイがある。ブログ「日本の村から」を見ればわかるよ」

「ピンポーン、ピンポーン」階下玄関で鳴り、奥様がもうすぐ山登りから帰って来ます。

この記事には、事実と作り話が混っています。その区別はご覧になる方にお任せします。

ゴールデンウィークも終わり山も静かになってきた頃、甲武信岳登山道から少し入ったところの雑木林で、山菜採りにきた村の人が、人の骨らしきものを発見、塩山警察署捜査一課が駆けつけ、白骨死体を掘り出した。持ち物から身元は横浜市栄区の円百合と判明、死後4、5年経過していると推定された。回りには、百合の花が群生していたとの話、自分の居る場所を知らせたかったのでしょうか。平成22年5月22日、円百合が失踪してから、ちょうど5年が過ぎていました。

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いよいよ、十津川警部の出番です。では、平成22年5月22日の「日本の村から」をお楽しみに!

冒頭のクイズの答えは、Aです(ヒントは大洋村にありました)。

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鉄線が咲きました

茎は枯れている様に見えるのに毎年咲きます。
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つぎの村探訪は、5月21日(土)、私鉄ローカル線を利用して、茨城県の旭村、大洋村、玉里村に行く予定にしています。(8番目、9番目、10番目)

横浜    06:51~07:18 東海道線
東京    07:23~07:34 山手線
日暮里   07:52~09:59 常磐線
水戸    10:18~10:47 鹿島臨海鉄道大洗鹿島線
鹿島旭
旭村    1時間50分
鹿島旭  12:37~12:57 鹿島臨海鉄道大洗鹿島線
大洋
大洋村  2
時間12分
大洋    15:09~15:19 鹿島臨海鉄道大洗鹿島線
新鉾田  15:20~15;40 徒歩
鉾田    16:04~16:44 鹿島鉄道
常陸小川
玉里村  2時間8分
常陸小川 18:52~19:07 鹿島鉄道
石岡    19;15~19:30 常磐線
土浦    19:33~20:42 常磐線
日暮里

旭村、大洋村、玉里村の方、村一番の場所を教えて下さい。

        

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茨城県で残る村

茨城県で来年4月以降存続する村は、東海村だけ?急がなくては、でも焦ってもいけない。

 旭村、大洋村 17.10.11 鉾田町
 千代川村    18.1.1   下妻市
 谷和原村    18.3.27  つくばみらい市
 新治村     18.2.20  土浦市
 玉里村     18.3.2   小美玉市
 大和村     17.10.1  桜川市
 美浦村     18.1.23  霞南市

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美浦村から潮来へ

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潮来は、中途半端な時期でした。あやめ祭りが6月からということです。
写真は、花菖蒲(ハナショウブ)か杜若(カキツバタ)かあやめか良く分りません。
パンフレットによると、花弁の弁元が黄色のものが花菖蒲、白い筋が一本あるのが杜若、綾目模様があるのあやめだそうですが、いずれも和服の女性が似合う花だと思います。
潮来インターから東関道にはいり、湾岸経由で帰宅しました。10時間300kmのツーリングで、曇り空のためかなり体が冷えました。

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美浦村・JRAトレセン

美浦村には、JRAの競走馬のトレーニングセンタがありました。見学者用の展望室と屋上展望台から、調教の様子を見ることが出来ます。数十頭の馬が遠目には気持ち良さそうに走っています。自分もしばし、ぼんやりと眺めていました。
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村ではないのですが、潮来に行くことにしました。
美浦村のとなりは、旧桜川村です。走りながら、「ゴールデンゴールズ」の横断幕が目に入りました。忘れていましたが、桜川村は欽ちゃん率いる野球チーム「ゴールデンゴールズ」の本拠地でした。ちょっと総合運動場に立ち寄ってみましたが、総合運動場でした。

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美浦村

平成18年1月23日には、霞南市となります。美浦(みほ)は霞ヶ浦の美しい浦と命名したのだと思います。

美浦村役場ホームページ

朝6時出発、首都高湾岸から三郷経由常磐道へ、桜土浦で降りて125号線を走ること15分、美浦村役場へ到着。 103_0306

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桜川村が消えた

神奈川県(1)、千葉県(5)の村の村役場の写真をゲットした次の狙いは茨城県です。千葉県の地図から、日帰り可能な美浦村、桜川村をGW最後の日曜日にと思いました。「残念!」桜川村が消えていました。昭和30年に合併により誕生した村は、50年の歴史を閉じ、この3月22日に稲敷市に生まれかわりました。春には、川の土手に桜が咲き誇る美しい村を想像させてくれる、こんな美しい村の名前「桜川村」が消えてしまうのは寂しいと思います。で、競走馬のトレーニングセンタのある美浦(みほ)村へ。

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立てば芍薬座れば牡丹

「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」と美人のたとえの一つ芍薬(シャクヤク)が庭に咲きました。103_0304

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三芳村

三芳村役場ホームページ

来年春、三芳村は消えることが決まっています。長生村から、4時間、やっと三芳村へ着きました。やはりGW、鴨川あたりは大渋滞です。103_0303帰りは、金谷からフェリーで久里浜へ、横横を通り帰宅、12時間320kmのツーリングでした。

反省:急いで周り過ぎです。一村一泊位に早くしたいと思っています。

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長生村

長生村役場ホームページ

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蓮沼村から長生村へ向かう途中に「伊能忠敬が生まれた地」に立寄りました。

これは、生まれた家の木ですが、伊能忠敬は好きな人物の一人です。いつか、忠敬が回った後を訪ねて見たいと思いますが、日本全国、くまなくですから大変です。その前に、日本の村を全部訪問しなくちゃ。

長生村役場です。102_0298 102_0300 村民憲章もありました。

役場の周りは美しい田園風景が広がり、田植えの真っ最中です。田植えは機械がやっていますので、人は一人か二人しかいません。手植えの時代は、田植えの時は、東京に出た子供も帰ってきて、親戚の人、ご近所の人がて手伝いにきて、大勢で作業していました。赤ちゃんも籠に入れられ、畦道に寝かされていました。作業は楽に、効率よくなったのですが、そんな機会がなくなったのは、ちょっとさびしい気がします。

 田んぼの中から、やけに声のきれいな(バリトン?)蛙が歌っていました。音を録音して、ブログに載せるには、どうしたら良いのか、誰か教えて下さい。

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蓮沼村

蓮沼村役場ホームページ

来年春には山武市として、蓮沼村は消えて行くことが決まっている。

朝6時、家を出発、首都高狩場線、湾岸線、東京湾アクワァライン、館山道、東金道路、芝山はにわ道を通って、8時に蓮沼村役場へ到着。橋の上(ベイブリッジ、鶴見つばさ橋、アクワァライン)での時速100km、寒風はメッシュのジャケットを通して体温を奪い取り、両手が震えながらの運転に服装の失敗を痛感。

村役場は、もう、想像した通りの建物でした。102_0285

蓮花寺を訪ねました。ここには、1703年九十九里浜を襲った大津波のために亡くなった人々の霊を慰めるため建てられた千人塚・八十八仏石があります。御仏様は一体、一体異なるお顔をしています。

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仏像にお参りして、事故で亡くなった方の慰霊のあり方を考えさせられました。この時代には、一人一人を慰霊するため仏像を作り、永い年月お参りをして来ました。

旧国鉄時代の桜木町事故、三河島事故そして鶴見事故で亡くなった方々の慰霊はどうなっているのでしょうか。JR各社は、亡くなった方々のお名前を保管しているのでしょうか。慰霊祭をちゃんとやっているのでしょうか。国鉄時代のことだからJRは関係ないと考えているのではないでしょうか。

この蓮花寺では300年の間慰霊が続いています。福知山線の大事故の原因が,このような日本の心をJR西日本が持ち合わせていない、忘れてしまったことにある様な気がします。

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